M's Diary -- 2002年12月分 --

Last-modified: Wed, 09 Nov 2005 04:08:38 JST
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2002年 12月 1日 (日)

ここ数日のこと

_ 買い物

amazon.co.jp から届いた。

_ 買い物 (2)


2002年 12月 2日 (月)

users-jp

某所には *BSD 関係のことはあまり書かないことにしているので、こちらに書く。

users-jp については ML の案内

FreeBSD (AT 互換機) や FreeBSD(98) についての話題一般について、 活発な議論が行われています.

とあるように特に話題制限があるわけでもない *1し、前に ML の方向性について議論があったときにも現状維持を望む声が 多かったので今のまま続くのだろう。 塩崎さんが書いている tech-jp を使おうという話にしても、私が以前 users-jp に提案した ことがあるけれど相変わらず。忙しいときは users-jp は読 [ま|め] ない ので tech-jp を使って欲しいのだけれどね。

_ beginners-jp

はいわゆる「FreeBSD 初心者」のための ML ではなく、 ML の案内

FreeBSD-users-jp へ質問できるようになる事

とあるように「うまく質問できない人」のための場所。

「初心者」の定義が難しい *2からこういうポリシーにしているのだけど、実際には「ちゃんと質問できない人」 というのは非常に少ない *3。 users-jp を見ていても「beginners-jp に行った方が」と思うような人は ほとんどいないのが現状。

_ 最近話題のケース

は beginners-jp 云々とは別の次元。質問するだけの人であれば 「beginners-jp がいいですよ」と勧めるところだけど、「教えたがる」人を beginners-jp 送りにするのは有害でしかない。 放置するのがいいかと一時は思っていたのだが、おかしなことを教えるのを 無視し続けるのも良くないと考え直した。

念のため書いておくと、あの投稿は私個人の立場で書いたもの。 いつも使っているのとは signature を微妙に変えてある。


*1:制限がない以上 ML 管理者の側がどうこうすることもできない。
*2:*BSD の活用範囲が広がっているので、一つの分野に詳しくても他の分野は あまり知らない「初心者だ」という人は非常に多くいる。 そういう人まで対象にしていては扱いきれない。
*3:ここしばらく beginners-jp で質問していた人は beginners-jpらしい(?) 質問者だったように思う。ああいう人に users-jp とは別の場所を提供できている のが beginners-jp の存在意義だろう。


2002年 12月 5日 (木)

FreeBSD

_ メインマシン入れ替え

の FreeBSD を 5.0-CURRENT へ。 40GB のハードディスクを 10GB + 30GB に 切って後ろ 30GB へインストール。前の 10GB にはこれまで使っていた 4.7-STABLE を入れた。

一つのマシンに FreeBSD を二つ入れたのは初めて *1。 swap は 4.7 のものを 5.0 でも使うように設定... するつもりだったのだけど 5.0DP2 のインストーラは swap 作らない設定を拒否してしまう。 しょうがないので /var に使うつもりだった分を swap としてインストールし、 インストール後に disklabel で書き換えて /var に戻した。

_ ブートマネージャ

は今まで通り System Commander を使う。 FreeBSD 5.0 は 8GB 超のところに インストールしたので起動時に使う MBR を System Commander で指定する必要あり。 src/sys/boot/i386/mbr で作ったものを System Commander を入れた DOS Partition に置いて解決。

_ ports

make kernel & make world で最新の 5.0-CURRENT に更新してから、 いつも使っている ports をがしがし build。いまの 5.0 は先週 perl wrapperが消えたので /usr/bin/perl が無い。 ports では /usr/bin/perl を hard coding してあるスクリプトがかなりある *2ので、 ports/lang/perl5 をインストールしてから symlink を作成 *3しておく必要あり。

_ おうちサーバ更新

これは先週くらいのネタ。

を買ってきて、おうちサーバを Dual Celeron 300A (450MHz 駆動) から Celeron 1.4G へ更新。すると、 B Flets の転送レートが大幅に上がった。 今までは対 Flets Square で 36M くらいだったのが 88M くらい出るようになった。 対プロバイダ (asahi-net) は若干改善して 32M くらい。別のプロバイダに変えると もっと出るのだろうな。


*1:FreeBSD + NetBSD などは何度もある。今だと NetBSD i386 なマシンには current, 1.6, 1.5 と 3 つの NetBSD が入っていたりする。
*2:bsd.port.mk の PERL を参照してインストールされている perl の full path へ書き換える必要がありそう。
*3:ports/lang/perl5 でインストールされる use.perl を使ってもよい。


2002年 12月 6日 (金)

最近のこと

_ 某説明会

某所から電話。某説明会を 12/18 15:30 から行うので来いとのこと。その日は BSD/Linux Dayで朝から横浜に行かなければなくて、私担当の部分が終了してからでは 間に合わないんですけど...。内容はだいだいわかるので欠席決定 (ぉぃ。 書類を送ってもらい、記入して持っていくことにする。

_ users-jp

要約すると「私が某掲示板で話題になっているから皆で見に行ってね」なのかも。

_ 買い物


2002年 12月 8日 (日)

昨日

_ しゃぶしゃぶ

nobutaka さん迎撃しゃぶしゃぶ at つきじ植むら 錦糸町。詳細は を参照。次にまた上京する機会があったら迎撃しますので宴会しましょう > nobutaka さん


2002年 12月 9日 (月)

NetBSD

_ mozilla

pkgsrc/www/mozillaが 1.2.1 に上がったので build してみる。が、 XFT が有効になっていないので フォント表示が悲しい状態。 FreeBSD の Ports Collection を参考にして fontconfig と Xft の いんちき pkgsrcをでっちあげ *1、 mozila で XFT を有効にしてみる。表示が綺麗になった。


*1:自分の環境で動くことしか考えていない pkgsrc。自分用によく作る。


2002年 12月 10日 (火)

NetBSD

_ 環境整備

引き続き NetBSD マシンの環境整備。 FreeBSD の Ports Collection が 5.0-RELEASE 準備のために更新されないので。

梅本さん作の FreeBSD 版 Ports を参考にして XCAST6 用の xcgroup, vic+xcast6, rat+xcast6 の pkgsrc を作成。こちら ( FTP, HTTP) 参照。

_ 環境整備 (続)

よく使うものをインストールして、とりあえず終了。いくつかは自分で作成した。 NetBSD pkgsrc では最近の MPEG ビデオ再生ソフトが ogle しかないなど 遊び系はやっぱり NG。自分では手間をかけたくない部分を簡単に インストールできるようになっている FreeBSD の Ports Collection はやっぱり便利だなと思う。

日常的な作業に使うものは揃ったので、 FreeBSD マシンが使えない時 *1の予備マシンとして使える。


*1:current が調子悪かった時とか、システム入れ替えしている時とか。


2002年 12月 13日 (金)

NetBSD

_ ThinkPad 530Cs

貸していたのが戻ってきたので NetBSD 1.6_STABLE を入れて遊んでみる。 こんなに遅いマシンを使っていたのか、とある意味感動してしまった。

今日

_ 買い物

シリーズの CD 全 5 枚が収納可能な BOX 付だけど、他の CD は購入するつもりは ない。初回限定版だからといって値段が高い訳でもないし別にいいかという感じで 購入。

_ Retro Game Music Streaming Radio

mmasuda さんとこ経由。素晴らしい。さっそく再生しっぱなし状態。


2002年 12月 15日 (日)

昨日

_ 肉体忘年会へ

場所は川崎の 西の屋。ここに行くのは去年の正月 (つまり 2 年近く前) に肉体会の新年会をやって以来。 大雪が降って大変だったことを思い出す。今回もけっこう寒いので、念のため 厚手のコートを着て出発。

18:20 に川崎駅に集合して店の送迎バスを待つ...。なかなか来ません。 暖かい格好で来て良かった。

_ 肉体忘年会

店に到着して二階の座敷へ。なんかすごく綺麗になっていますよ。

総勢 20 名で忘年会開始。どんどん食べる。途中ビールが不足気味 *1だったのを除けば大満足。これで 7,600 円ですか。

_ 帰還

二次会はなしでお開き。送迎バスに乗って川崎駅へ。南武線経由京王線で帰宅。


*1:プリフェッチが間に合わない状態。

FreeBSD

_ ThinkPad 530Cs

数日前に NetBSD を入れたばかりだけど、 FreeBSD 5.0 に入れ替えてみる。

src/sys/conf/NOTES

# PC Card/PCMCIA and Cardbus
# (NEWCARD)
#
# Note that NEWCARD and OLDCARD are incompatible.  Do not use both at the same
# time.
#
# pccbb: pci/cardbus bridge implementing YENTA interface
# pccard: pccard slots
# cardbus: cardbus slots
device		cbb
device		pccard
device		cardbus
#device		pcic		ISA attachment currently busted

device pcic が comment out されている記述にあるように、 NEWCARD はまだ ISA な pccard に対応していない。したがって、標準のインストーラを使って 古いノートに pccard 経由で FreeBSD 5.0 を入れるのは無理。 OLDCARD を使わなければならない。

_ 正攻法

の対処としては、

  1. OLDCARD な kern.flp を作成する。
  2. mfsroot.flp に入っている sysinstall を pccard 対応のものに置き換える。 PC98 用のインストーラ関係で OLDCARD 対応のコードが残っているので、 sysinstall.h の PCCARD_ARCH の定義を有効にすれば OK (なのかもしれない)。
  3. 作成した kern.flp, mfsroot.flp を使ってインストール

というのが考えられる。

_ 今回

  1. まず 4.7-RELEASE をインストール
  2. ネットワーク経由で 5.0 の配布物をハードディスクにコピー
  3. 他のマシンで build した OLDCARD 用 kernel もコピー
  4. FD で 5.0 のインストーラを起動し、 2. で用意した配布物を使ってインストール
  5. 3. でコピーした kernel に入れ替え

という手順をとった。


2002年 12月 16日 (月)

FreeBSD

_ 5.0-RC on ThinkPad 530Cs

昨日の続き。 NetBSD 1.6 の時は apm が有効 *1になっていると panic するため options APM_FORCE_64K_SEGMENTS を指定して kernel を再構築する必要があったけれど、 FreeBSD 5.0 では *2大丈夫。ちゃんとサスペンドも可能。

XFree86 は 486DX 100MHz, RAM 20MB の ThinkPad 530Cs には重すぎるので、 kon をインストールして SSH で他のマシンに入る用途で使う *3つもり。

dmesg するとこんな感じ。

Copyright (c) 1992-2002 The FreeBSD Project.
Copyright (c) 1979, 1980, 1983, 1986, 1988, 1989, 1991, 1992, 1993, 1994
	The Regents of the University of California. All rights reserved.
FreeBSD 5.0-RC #1: Sun Dec 15 23:57:31 JST 2002
    root@TP530Cs:/usr/obj/usr/src/sys/TP530CS
Preloaded elf kernel "/boot/kernel/kernel" at 0xc0392000.
Preloaded elf module "/boot/kernel/apm.ko" at 0xc03920a8.
Timecounter "i8254"  frequency 1193182 Hz
CPU: i486 DX4 (486-class CPU)
  Origin = "GenuineIntel"  Id = 0x480  Stepping = 0
  Features=0x3<FPU,VME>
real memory  = 20971520 (20 MB)
avail memory = 16699392 (15 MB)
Initializing GEOMetry subsystem
npx0: <math processor> on motherboard
npx0: INT 16 interface
apm0: <APM BIOS> on motherboard
apm0: found APM BIOS v1.1, connected at v1.1
isa0: <ISA bus> on motherboard
orm0: <Option ROM> at iomem 0xc0000-0xc7fff on isa0
pmtimer0 on isa0
atkbdc0: <Keyboard controller (i8042)> at port 0x64,0x60 on isa0
atkbd0: <AT Keyboard> flags 0x1 irq 1 on atkbdc0
kbd0 at atkbd0
psm0: <PS/2 Mouse> irq 12 on atkbdc0
psm0: model Generic PS/2 mouse, device ID 0
pcic0: <Intel i82365SL-A/B> at port 0x3e0 iomem 0xd0000 irq 3 on isa0
pcic0: management irq 3
pccard0: <PC Card 16-bit bus (classic)> on pcic0
pccard1: <PC Card 16-bit bus (classic)> on pcic0
sc0: <System console> at flags 0x100 on isa0
sc0: VGA <16 virtual consoles, flags=0x300>
vga0: <Generic ISA VGA> at port 0x3c0-0x3df iomem 0xa0000-0xbffff on isa0
unknown: <PNP0303> can't assign resources (port)
unknown: <PNP0f13> can't assign resources (irq)
unknown: <PNP0904> can't assign resources (memory)
ata0: <Generic ESDI/IDE/ATA controller> at port 0x3f6,0x1f0-0x1f7 irq 14 on isa0
fdc0: <Enhanced floppy controller (i82077, NE72065 or clone)> at port 0x3f7,0x3f0-0x3f5 irq 6 drq 2 on isa0
fdc0: FIFO enabled, 8 bytes threshold
ppc0: <ECP parallel printer port> at port 0x3bc-0x3bf irq 7 on isa0
ppc0: SMC-like chipset (ECP/EPP/PS2/NIBBLE) in COMPATIBLE mode
ppc0: FIFO with 16/16/8 bytes threshold
lpt0: <Printer> on ppbus0
lpt0: Interrupt-driven port
sio0: <16550A-compatible COM port> at port 0x3f8-0x3ff irq 4 on isa0
sio0: type 16550A
Timecounters tick every 10.000 msec
ad0: 3102MB <TOSHIBA MK3205MAV> [6304/16/63] at ata0-master BIOSPIO
Mounting root from ufs:/dev/ad0s1a
pccard: card inserted, slot 1
awi0: <PCnetMobile:v2.01 101498 API005> at port 0x240-0x24f iomem 0xd4000-0xdbfff irq 5 slot 1 on pccard1
awi0: IEEE802.11 DS 2Mbps (firmware PCnetMobile:v2.01 101498 API005)
awi0: address XX:XX:XX:XX:XX:XX

_ 資料

明後日に 10 分くらいのプレゼンテーションをする予定だけど、 資料がまだできていない (← 現実逃避に別なことやってたんだから当たり前)。

資料を配布する場合は昨日までに提出なのだが、 (少なくとも昨晩の時点では) 誰も出していなかったらしい。まだ書いていない人が多いのかな :)。


*1: INSTALL kernel は apm が入っていないが GENERIC kernel では有効になっている。
*2:FreeBSD 4.X は ThinkPad 530Cs にインストールしてまともに使ったことがないので 不明。 5.0 をインストールするために入れた際にテストしておけばよかった。
*3:他のノートを使ってもいいのだが、間違えて (ベッド等から) 落として壊しても 惜しくはない PC なので気楽に使える。


2002年 12月 17日 (火)

今日

_ IW2002 BSD BOF

に行けないことが (ほぼ) 確定。 11:00 くらいから昼食時くらいまでの間は IW2002 の会場にいる予定。

オープンソース

_ IW2002 BSD BOF

で「オープンソースとは何か」というセッションをやるらしい。聞くところに よると、「BSD ではオープンソースについて誤解している人が多い」ことが このセッションを行うきっかけになったらしい。

今回の BOF には行 [か|け] ないので、「オープンソース」について 思うことを書いてみる。

_ 定義?

私がものすごく違和感を感じるのは Open Source Group Japanにある オープンソースの定義という文書。「準拠」の部分に

私たちはこの「オープンソースの定義」が、ソフトウェア界の人々の 大多数が「オープンソース」という語に元来込めていて、今も依然と して込めている意味を捉えていると思っています (後略)

とある。自分達が勝手に「思っている」内容を「定義」していると読める。

「起源」の項目に

Bruce Perens が「Debian フリーソフトウェアガイドライン」として この文書の最初の草稿を書きました。その後彼は、 Debian の開発者 たちが 1997 年 6 月に行った、 1 ヵ月にも及ぶ電子メールによる討 議において寄せられた意見を採り入れて推敲し、 Debian 固有の話題 を文書から削除して、この「オープンソースの定義」を書き上げまし た。

とあるように、 Debian な人が考える「オープンソース」の定義であるらしい。

_ 根本的な疑問

どこかのプロジェクトが「オープンソース」の定義を行い、そのプロジェクト自身が その定義に従って活動することはいいと思う。でも、その定義を第三者に 押しつけて「あなた方はオープンソースについて誤解している」と いうのはどう考えても筋違い。他人が勝手に決めた定義をなぜ強要されなくては ならないのだろうか?

「フリーソフトウェア」については概念の揺れがあって人によって定義が異なる *1けれど、「オープンソース」についても同じことが言える。一般名詞だから *2誰かが意味を「定義」して第三者におしつけようとすること自体が間違い。 その定義にあっているかどうかの 認証プログラムに至ってはどうかしているとしか思えない。そういうことをやるのなら、 「オープンソース」という一般名詞を使うのではなく、自分で登録商標を取得した 固有名詞を使うべきだろう。

なお、概念の揺れや「オープンソース」商標の問題については Richard Stallman の Why ``Free Software'' is better than ``Open Source''( 和訳) あたりを参照のこと。

_ 言葉

free software も open source も形容詞を頭に冠した一般名詞 *3なので、「free software と言えるかどうか」「open source と言えるかどうか」 は常に他との比較がついてまわる。その時点での「普通のソフトウェア」と 比較して自由であれば free software だし、比較して開かれた状態であれば open source と言える。マイクロソフトが一時期主張した「オープンソース」 にしても彼らの基準からすれば十分に「開かれた」と言えるのだろう。 一方、 BSD Style License メインで暮している私から見れば、数々の義務で 縛られている GPL なソフトは「開かれていない = オープンではない」にも思える。

free software にしても open source にしても、その人の立場や見方によって 定義が変化するものだというのが私の立場 *4

_ 政治?

ここからは憶測が入ってくるけれど、「オープンソースの定義」を押しつけようと するのは政治が絡んでいるのだろう。日本でも政府が調達するコンピュータを オープンソースのものにしようという動きが出てきている。この動きのためには 「自分にとって都合のいいオープンソースの定義」が必要になるのではないかな。

「オープンソースの定義」関係の www を読んでいると、そういう政治的な動きが 裏に見えるような気がしてとても嫌な気分になる。

まぁ、政治的目的だろうがそうでなかろうが、私は関係するつもりはないので どうでもいいことではある。

_ 誤解

「誤解している人が多い」というのは、「そのオープンソースの定義が 広く受け入れられていない」すなわち「その定義は不適当だ」ということだろう。


*1:Richard Stallman や Free Software Foundation の定義が最も厳しい部類だろう。
*2:一般名詞の常として一般社会で考えられている意味が変化していくことも あるはず。
*3:free は形容詞で「自由な」、 open も形容詞で「開かれた」
*4:人によって考えが違うはずなので、 私の立場を他の人に押しつけようとは思いません :)


2002年 12月 18日 (水)

InternetWeek 2002

_ 横浜へ

諸事情のため自分の車で横浜へ。東名を過ぎたあたりからかなりの渋滞。 はやめに出発したのに、 パシフィコ横浜の地下公共駐車場に入ったのは 10:30。

アクセスコーナーで資料の最後のページを書く (← ぉぃ)。

_ BSD/Linux Day

司会と発表者あわせて 6 人のうち 5 人が Linux な人という状況。 なんか疲れました。 Linux 方面との常識の違いを思い知らされたというか。

「実運用している間は OS やソフトの構成をできるだけ変えない」という 前提を外してしまうと世界がすごく簡単になるのね。

_

近くのクイーンズスクエアにある和幸へ行って昼食。梅本さん、近藤さん、 アスキーの鈴木さんと同じテーブルでいろいろ話。

IW2002 の会場へ戻る他の人たちと別れて駐車場へ。

_ 某説明会

車で某所の某説明会へ。

終了。けっこう時間がかかった。これからパシフィコ横浜へ戻ってもあまり意味はない *1ので家へ帰ることにする。

_ BSD BOF

家へ戻って IRC と real 中継に参加。例の「オープンソース」云々 *2には後半しか間に合わず。塩兄ちゃんが 書いているように「よくわからない代物」という感じだったらしい。 まともな話 をするができるのかちょっと期待していた *3のだけど。 IRC の BSD BOF 雑談 ch *4にはこの手のライセンス関係の話に興味がある人が何人か join していたので、 そこでの雑談のほうがよっぽどよかった。

real 中継を見た感じでは 五反田さんの司会は良かった。自分に司会の才能がないことは 先日実感しただけに、すごいなぁと思う。


*1:車なので BOF 終了後に宴会へ行っても酒は飲めないし :)
*2: BOF アナウンスに出ていた「オープンツースとは何か」の「ツ」は 誤植ではないらしい。何だったんだろうね。
*3:「BSD な人には誤解が多い」ということらしいからね。 BOF に参加して 発表者に集中砲火を浴びせようか迷っていた。
*4:BOF-LOG ch とは異なりログは非公開。


2002年 12月 19日 (木)

今日

_ 補完

昨日の日記を補完。


2002年 12月 20日 (金)

今日

_ 買い物

amazon.co.jp にて。

_ 買い物 (2)

買ってしまいました...。


2002年 12月 21日 (土)

関東 BUG 合同忘年会

_ 新宿

冷たい雨が降っていたので夕方になってから外出。腕時計のベルトが壊れていたので 新宿のヨドバシカメラへ。メーカー修理になるとの話なので、新宿ヨドバシではなく 近くの店へ依頼することにする。

_ 秋葉原

総武線で秋葉原へ。昭和通り口から出て書泉ブックタワーへ。ざっとみて回ってから 昭和通り口へ戻ると 杉村さんがいたので一緒に たん清へ。

_ 忘年会

昨年に引き続き 2 回目となる関東 BUG 合同忘年会。おいしい肉をいっぱい食べて 満足。ゲストで参加した NetBSD developer の hubertfとのやりとりにかなり時間がかかり、参加者相互で話をする時間がちょっと 短かったかも。

19:00 に始めて 23 時近くに解散。

_ 二次会

5 人で渋谷へ。山口 core さん達の宴会に合流して朝まで。最後まで残っていたのは なぜか後から参加したメンバーばかりだった (^^;。


2002年 12月 24日 (火)

ここ数日のこと

_ web 書き直し

ふと思いついて自分の web の書き直し。 HTML の文法的にめちゃくちゃだった 部分を修正。

_ 買い物

近くの本屋にて:

_ 買い物 (2)

amazon.co.jp にて:


2002年 12月 25日 (水)

*BSD

_ How to build *BSD CVSup mirror


2002年 12月 26日 (木)

今日

_ 買い物

_ カスタマイズ

日記システムの TDS をちょっとカスタマイズしてコマンド追加。

_ 買い物 (2)

_ 名刺 for NEWS-10

そろそろネタを考えねば。

FreeBSD

_ panic

おうちサーバが久しぶりに panic して落ちた。 ハードウェア更新してからは初めて。 /var/log/messages によると *1

Fatal trap 12: page fault while in kernel mode
fault virtual address  = 0x100000
fault code             = supervisor read, pagenot present
instruction pointer    = 0x8:0xc01822b3
stack pointer          = 0x10:0xd5819bbc
frame pointer          = 0x10:0xd5819bc0
code segment           = base 0x0, limit 0xfffff, type 0x1b
                       = DPL 0, pres 1, def32 1, gran 1
processor eflags       = interrupt enabled, resume, IOPL = 0
current process        = 56720 (perl)
interrupt mask         = bio
trap number            = 12
panic: page fault

とのこと。

root# nm -n /kernel | grep c01822
c01822ac t cache_zap

core が残ってないのでよくわからないな。 ディスク追加して core dump できるようにする *2かな。


*1: /var/log/messages に記録される panic は久しぶりにみた気がする。
*2:Promise の Fastrack など FreeBSD で ar として見える IDE RAID の 欠点の一つが FreeBSD から coe dump できるデバイスではないこと。


2002年 12月 27日 (金)

FreeBSD

_ メールフィルタ

梅本さんの記事を参考に、おうちサーバの sendmail.cf に「未承諾広告※」フィルタを入れた。 パターンマッチングは FreeBSD PRESSNo.14 p.163 の浜田さんの記事に載っているものを使用。

_ メールフィルタ (続)

LOCAL_RULESETS
HSubject: $>CheckSubject

では () 内に「未承諾広告※」がある場合 *1に対処できないので

LOCAL_RULESETS
HSubject: $>+CheckSubject

へ変更。

.procmailrc のルールも見直し。 Subject: が韓国語と中国語の MIME encode になっているメールは無条件で junk folder 行きに。「韻壱」 *2を .procmailrc に直書きするのがちょっと嫌な感じ。 hex で指定したいところ。


*1:() 内に入れるのは違反だが...。
*2:韓国で広告メールの Subject: に使うよう定められた語がこう見える。


2002年 12月 28日 (土)

今日

_ 買い物

_ ハードディスク増設

おうちサーバにハードディスク増設。新しいディスクへデータをコピーするのに けっこう時間がかかった。


2002年 12月 29日 (日)

今日

_ 補完

昨日の日記を補完。

_ 名刺作成

しなければならないけどネタが思いつかない...。

結局、ここ数回使っているネタで画像だけ変えて作成。 3 時過ぎまでかかった。


2002年 12月 30日 (月)

CM63

_ 準備

一度は行ってみよう *1ということで準備。日記と web で知り合いや興味を持っているサークルをチェック。

_ 出発

9:30 すぎに家を出発。接続が悪いので新宿駅構内でペットボトルの飲み物を購入。 新宿 10:50 発のりんかい線直通に乗車。あれ、座れましたよ。車内は立っている人が ちらほらいる程度。

_ 会場

11:17 に国際展示場前駅到着。まっすぐ西館へ向かう。ぜんぜん並ばずに会場へ 入れてしまった。「ものすごく混む」と聞いていただけに拍子抜け。

知り合いのサークルを中心に西を回ってから東へ。移動途中で入場制限解除の アナウンス。ちょっとだけ東を見てからコスプレ会場の脇を通って企業ブースへ。 ふーん、こういう感じなのか。下に降りて再び西。さっきよりも混んでいる。 最初東に行っていた人が通行制限解除で西にいっぱい来たのかな? NEWS-10 の開始時間を調べ忘れていたので江洲さんとこで聞く。

_ 離脱

13 時過ぎに離脱。国際展示場駅 13:16 の快速川越行きに乗車。車内は がらがら。 13:43 に新宿着。

マクドナルドやヨドバシカメラ、紀伊国屋書店などで時間潰し。 昨夜はあまり寝てなかったのでうつらうつら寝ていた時間が長かった。


*1:会場に行くのは今回が初めて。

NEWS-10

_ 会場へ

紀伊国屋書店から会場の 満月廬へ。早く着きすぎてしまったので店の前を行き来していると 佐々木さん少し遅れて おさかなさんたち登場。店からは宴会を終えた人が続々と出てきていた。えらく早くから *1宴会している連中だなとか話しながら待っていた。店の前はものすごく寒く 凍えそうになる。店の人に入ってもいいと言われたので 18 時ちょっと前に 店の中へ。

_ 1 次会

18 時ちょうどに GORRY さんなど幹事御一行様到着。名札作業を手伝ったり設営作業を見ているうちに 18:30 に。

18:30 に少し遅れて、江洲さんの挨拶で乾杯。しばし歓談。 ビールを数杯飲んだあとは、例によって林檎芳酒, 杏露酒, 桂花陳酒をロックで 飲む。

店の入り口近くから順番に自己紹介。私は初めて CM63 へ行った感想ネタで。 その後は会場を巡って名刺交換したり雑談したり。

あかりちゃんからはかなり前 (春頃かな?) に proxy をお願いしていた BLUE GALE の CD を 受け取り。どうもありがとう。

_ 2 次会

今回は飲み 2 次会はなし。私自身も寝不足状態で動いていたので ルノアールへ移動してまったり。私は 吉田@HZ さんso さん佐野さんと同じテーブル。かなりとりとめのない話だったような。

22:50 に終了。新宿三丁目から新宿へと向かう地下道は通行止めの看板が 置いてあったけれど、通行止めは 23:00 からなので構わず突破して駅へ。 京王線の最終の急行で座って家へ。


*1:15:00 から宴会だったらしい。


2002年 12月 31日 (火)

今日

_ 補完

昨日の日記を補完。

_ 確認

昨日買ったもの。

企業ブースにて、 CD 狙いで購入。

サークル:

STB さんの Ka Ta Shi Mu Riは売り切れていた。残念。初めて参加だったので、この冬の新刊以外で買ったものが 多かったかな。


以上、23日分です。